高橋
周さんがITビジネスに乗り出した2007年当時は、日本と中国の人件費の差を利用したオフショア開発が盛んでした。しかし今は中国人の人件費も高騰し、上海や北京では日本と変わらない賃金水準となっています。オフショア開発が成り立たなくなっていく中で、中国のIT開発企業も中国国内に目を向けるようになりました。その結果、もともと日本に住み、日本語が堪能なブリッジ型の中国人エンジニアが大量に死蔵されることになった。今回、ウィナーデジタルの立ち上げによって、そんな優秀な中国人エンジニアたちをもう一度掘り起こし、よみがえらせたい。同社をこれから日中の架け橋のような存在に育てていくことで、エンジニア不足と言われる日本のDXの現状を変えていきたいと考えています。
周
日本に在住する中国人エンジニアは約10万人いると言われています。彼らは個人事業主のほか、社長の自宅マンションがオフィスのようなペーパーカンパニーも含め、数千社ある中国系のIT会社に在籍しています。日本には現在IT人材が100万人おり、数十万人不足すると言われますが、一方の中国には800万人もいます。上海、北京では確かに人件費が高騰していますが、全国的な水準ではまだまだ低いのです。日本のDX人材不足を中国人エンジニアである程度解消できれば、私が常務理事・日本事務所長を務める中国ソフトウェア産業協会が進めている中日IT産業の交流促進の目指すところでもあります。
中国では優秀なエンジニアでテンセントなどの著名IT企業に入社できれば、通常の5~10倍の給料を得ることができます。そのため、わざわざ日本語を勉強して、お金のために日本に行きたいと思う優秀なエンジニアは少なくなっているのです。ただ、その一方で日本は中国人にとってまだまだ魅力的な国でもあります。わびさびの日本伝統文化とアニメ漫画ゲームなどの現代コンテンツはたくさんの中国ファンを持っています。また、社会の制度や環境も整備されており、私自身、日本は世界で一番ワークライフバランスが整った国であると感じています。日本企業も優れているところは多いし、日本で仕事をする魅力をもっと発信すべきなのです。
では、これからウィナーデジタルがどうやって優秀な中国人エンジニアを惹きつけていくのか。それにはMSOLが持つ魅力的な顧客基盤が効果を発揮すると見ています。MSOLは大手企業から直接仕事を受注するだけでなく、参謀役としての信頼性も高い。それが大きな魅力となっているのです。もう1つは、中国、日本、アメリカの企業を並べたとき、企業の体質として中国は日本とアメリカの中間にあるということです。中国で育ったエンジニアは実力主義者であり、文句も言わず日本人のように何日も徹夜も厭わない性質を持っています。しかし、その一方で、アメリカ人のように自分の努力がどれだけ報酬として報われるのかを重視する傾向もあります。いわば、中国のエンジニアは日本とアメリカのハイブリッド型なのです。
高橋
これまで日本企業は組織を一番重視してきました。バブルの頃、栄養ドリンクのCMで「24時間戦えますか」というキャッチコピーが流行りましたが、個人の事情は組織の前では考慮されませんでした。しかし、そうした組織のために自分を犠牲にする考え方はもうナンセンスだと思います。今や日本でも30~40代のビジネスパーソンを中心に組織に忠誠を誓うのではなく、自分が稼ぐことができる会社で働くという考え方に変わってきています。今はこれまでの日本企業の古い慣習が新しいものに取って代わろうとする節目に来ているのです。その意味でも、ウィナーデジタルがスタートする時期としては、まさに良いタイミングだと思っています。
他方、中国人と仕事をするうえで、日中の間にはいろいろな問題が横たわっています。しかし、これまでのように感情的な議論に走ることは非常に危険だと思っています。これからは若い世代を中心にフェアな考えのもと両国の関係を改善できるように互いに情報を発信し合う必要があると考えています。
日中関係を改善するために私たちは何をすべきなのか
周
例えば、中日のメディアが互いの国の好感度について調査するニュースを毎年見ていると、日本で中国に対して好感を持っている人の割合は10%程度に過ぎません。一方、中国側では、50%以上の人が日本に対して好感を持っています。中国には日本が好きな人が意外に多いことを日本人はあまり知らないのかもしれませんね。
高橋
そうですね。日本の中国に対する見方はどうも厳しい。もちろん過去の歴史については日中ともに様々な見方があります。ただ、日中の関係性を高めていくためには、それぞれがもっと互いの歴史について勉強すべきだと思いますね。
周
あくまで感情論に陥るのではなく、きちんとバランスのとれた歴史観を持ち、互いに友好的な関係を築いていくことが必要です。私が好きな有識者の1人である、多摩大学学長で評論家の寺島実郎さんは「全体知」が重要だとよくおっしゃっています。いろんな情報をできるだけ収集し、いろんな角度から判断する、そうした冷静な見方が必要なのではないかと思っています。
高橋
メディアに翻弄されて、感情論に陥ってしまうことは絶対に避けなければなりません。私は新たな関係性を構築するためには日本国内だけで完結するのではなく、台湾や韓国も含めた東アジア全体で考えていかなければならないと考えています。その意味でも、将来的には個人の立場でシンクタンクを設立するなど、新たなかたちで貢献してもいいとも考えています。これからウィナーデジタルのような会社が日本でも認められるようになれば、東アジアの平和にもつながっていくと思っています。