Management Issue Vol. 3

資本主義にも訪れているニューノーマルの波、
経営者や個々の社員が目指すべき方向。

〜Special Talks《特別拡大版》〜 伊藤 邦雄氏
伊藤 邦雄氏 一橋大学大学院 名誉教授 

一橋大学CFO教育研究センター長、一橋大学大学院経営管理研究科名誉教授、中央大学大学院戦略経営研究科特任教授。商学博士(一橋大学)。経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」では座長を務め、最終報告書(伊藤レポート)は海外でも大きな反響を呼び、その後の日本のコーポレートガバナンス改革を牽引した。経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」委員、内閣府「未来投資会議・構造改革徹底推進会合」委員、東京証券取引所「企業価値向上表彰制度委員会」委員長、経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」選定委員長、日本取締役協会「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」選考委員、経済産業省「環境イノベーション・ファイナンス研究会」座長、同「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会~人材版伊藤レポート~」座長、経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」選定委員長、などを務める。

イノベーションを起こすために日本の「ものつくり神話」への信仰を考え直すとき

高橋
伊藤先生といえば有名な「伊藤レポート」以来、ミスターROEみたいな呼ばれ方もしていますよね。ただ私なりに情報収集していくと、日本企業の中には自社株買いでROEを上げているところも少なくないように思えます。伊藤先生が一貫して発信しているような、本質的な競争力とは合致していないように感じてもしまいます。
伊藤
2020年中盤の今わかっている範囲で現実を言うと、日本企業のROEは平均で10%くらい。前年の平均8%に比べれば伸びているということになります。もちろん高橋さんが指摘したような面もあるのだけれども、総じて言えば「それなりに日本企業が努力をした成果」だと私は捉えています。
高橋
なるほど、たしかにここへ来て「ホワイトカラーの生産性を上げなければ」といった呼び声は頻繁に聞きます。事実、人的資本に投資する動きも一部で見受けられるようになりました。でも私としては「もっと早く気づくべきだったのではないか。20年くらいは遅れている」という思いがどうしても浮かんできてしまいます。
伊藤
1990年代を境にして、世界の企業の意識は明確に変わりました。ピカピカの有形資産を保有することが善しとされた時代から、一気に無形資産重視の方向へ転じたんです。ただ、そうした企業価値をめぐる地殻変動が起こっているのにもかかわらず、その後もなお日本企業は「モノ作り神話」への信仰みたいなものから離れられないでいますね。人的資本をめぐっては、日米の価値観に大きな違いがあります。「何か新しい事業を始めよう」とか「イノベーションを起こすぞ」となった時、アメリカ企業の場合は古い人員を切って、その新事業にふさわしい専門人材を入れるというやり方でダイナミックに動きますけれど、日本は違う。クビを切ることがやすやすと受け容れられるような慣習や土壌がないだけに、新しい事をしようと思ったらもともといた人材を活かし育てていく道を選ばざるを得ない。じゃあ、その通りに人に投資をしてきたのかと言ったら、高橋さんが言った通りです。そんな動きは何十年も起きてこなかった。
高橋
いちがいにアメリカ流が正しい、とか、日本のやり方じゃダメだ、と言いたいわけではないんです。それでも伊藤先生がおっしゃった「モノ作り信仰」ともつながるかもしれませんけれど、「行き過ぎた現場主義」が根を下ろしているために、経営に大胆なメスを入れていくことが難しくなっているように思います。もっと元をただすと、日本の教育そのものが、古き製造業向け人材の育成に偏っていたのではないかと。
伊藤
言いたいことはわかる(笑)。皆で整然と足並みを揃えながら、コツコツと少しずつ積み重ねをしていくような人材を育てますよね、日本の教育では。

組織は変化に即応し、自ら変化を起こしていけるマネジメントにならなければならない

高橋
新卒採用の仕方だって日本は特殊ですよね? 大企業を中心に、とにかく大学を卒業したらほぼ全員がまったく同タイミングで企業に入っていくことの繰り返し。そうやって「みんな一緒」を善しとしながら、組織が出来上がっていくから、先輩・後輩とか同期というのが妙に意識され続けるし、日本人の根っこにある「家の論理」がフル稼働して先人に奉公していくスタイルになる(笑)。そんな組織で「イノベーションだ」「トランスフォーメーションだ」と叫び、チャレンジを実行していこうとしても、なかなか瞬発力をもって動かない。よほど突出したカリスマ性の持ち主が経営者じゃない限り、変化は起きていきませんよね。
伊藤
同感です。私は今までの高等教育を「たんきゅうしん」という言葉で表現するんですよ。日本の教育制度が生徒・学生に求めているのは「探求心」じゃあない。「単求心」と「短急心」(笑)。「正解はひとつしかないから、それを見つけなさい(単求心)」「しかも速く見つけ出せるようにしなさい(短急心)」という教育。それを学校も企業も、同じように人材に求めていく。「多様性は大切だ」とか「個性を尊重する」と口では言うけれども、単一の答えを機械的に素早く求めることに長けた人材しか育っていかない。それは高度成長期の大量生産には適していたけれども、しかしその後、もはやかなり前から通用しなくなっていますね。
高橋
私も日本の現場主義には素晴らしい点がたくさんあるとは思うんです。規律をもって整然とひとつの目標に向かっていく動きの時には強みを発揮します。でも、少なくともここ数十年のビジネスシーンやマーケットは違う情勢を迎えていたし、DXやSDGsという大きな変化や大きな課題への挑戦が求められ、なおかつwithコロナ時代のニューノーマルを模索しなければいけない今、組織は変化に即応し、自ら変化を起こしていけるマネジメントにならなければいけません。だとしたら、現場を重視する姿勢は維持しながらも、そこに必ず発生しているはずの課題を拾い上げられるように、可視化をしていかなければいけない。それができる組織にならなければいけないと思っています。

社会課題、国際課題に積極的に関与し、マネジメントは前向きに変化すべき

伊藤
そういう意味でいえばトヨタが実行し続けている、いわゆるトヨタ式・トヨタ生産方式は、最適な現場主義と言えるでしょう。世の中には「トヨタこそどこを切っても"金太郎アメ"だ」という誤解を抱いている人がいまだにいるようですが、そんなことはありません。「Whyを5回続ける」という発想をあらゆる現場・社員に行き渡らせたことによって多様な発想を誘発し、「改善」というアクションが随所で発生し、それがイノベーションにつながっています。高橋さんが指摘した可視化、つまり問題点の発見・抽出からその解決に至るプロセスを、自分事として取り組むカルチャーを浸透させた。だからあれだけの企業になったのだと想います。
高橋
ひところ「トヨタ式に学べ」的なトレンドが発生して、様々な企業がやり方を真似たけれども、なかなか機能しなかったですけどね。
伊藤
そりゃあそうです。だってトヨタ式を実行し続けようとしたら、本当に大変で苦しいはずですから。真似しようとしても続かないのは、経営陣の持って行き方の問題もあるでしょうけれど、やっぱり高橋さんが仰った通り、教育の問題が根っこにあるからじゃないでしょうか。「答えはひとつだけ。とにかく皆と同じテンポで速く前に進め」と言われて育った人間は、「本当にこれが正解なんだろうか」とか「ちょっと見方を変えてWhyを突き詰めてみよう」という発想や行動に慣れていません。だから苦しいんですよ。苦しくてあきらめてしまう。
高橋
ここへ来て、SDGsで示されているような社会課題、国際課題に企業が関与していくことが、積極的に求められています。でも例えばSDGsが掲げている17の課題を解決しようとしたら、それこそ「単求心」や「短急心」ではらちがあかないですよね。そういう意味でも、日本のマネジメントはもっと前向きに変化していかないといけない。

自律的に考えて行動を起こし、周りを巻き込むことが最適な問題解決策となるはず

伊藤
高橋さんのおっしゃる通り、教育が変わっていかなければ日本の社会はなかなか進化できないと言えます。でも、大手の進学塾ではSDGsをベースにしたカリキュラムでの教育が始まっているそうですし、むしろSDGsというテーマが脚光を浴びていることが光明になるかもしれません。日本が得意としてきた積み上げ方式ではなく、バックキャスト型の演繹的問題解決思考が浸透していけば、大きな変化につながるはずです。
高橋
教育制度や手法がそんな風に変われば、日本からもきっと面白い人材が登場してくるでしょうし、そういう世代が旧き悪しき企業風土も変えていってくれるかもしれませんね。ただ、現実問題として今のビジネスパーソンの問題として見ていくと、世代間ギャップといいますか、年代ごとに問題点はあるように感じています。例えば、柔軟な発想を持った20代が上の世代にもストレートに思いを伝えていけるような組織風土は、「家の論理」で凝り固まった昔の世代がいる限り創出できません。30〜40代の層に対し、時代に即した発想を柔らかい頭で捉えていけるようにしていくのも、決して容易ではありません。
伊藤
実際、MSOLはその問題にどう対処しているんですか?
高橋
そこは創業時から一貫しています。「自律的に考えて行動を起こせ」と。どんな年齢だろうと、どんな経歴や役割の持ち主だろうと、キャリア形成の問題にせよ、社内の課題解決にせよ、自律的に考えた者が行動を起こして周りを巻き込んでいく。それが最適な解決策だと思って、徹底して呼び掛けています。何か問題があると気づいたなら、その当人が発信をして、試行錯誤を繰り返していく。そういう人間があちこちで立ち上がっていくのが理想だと思うので、経営者としてはまず組織内に閉塞感が生まれないように留意しています。
伊藤
共感を覚えます。そうですね、「自律」というのは重要なキーワードだと私も思います。ただその一方で、やっぱり世代間ギャップの問題は洋の東西を問わず存在していて、アメリカでは「ミレニアル世代」(1981年から1990年代中盤に生まれた年代。Y世代とも呼ばれる)と、さらにその下の「Z世代」(1993年以降に生まれた年代)とどう対峙していくかが経営課題のひとつになっていたりします。育った環境や時代背景次第で、やはり物事の考え方や価値観は違ってくる傾向が強まりますから、例えば50代以上の経営陣としてみればミレニアルやZ世代とどう向き合い、共感を生み出せるかが問われています。日本などは特に、右肩上がりの時代に育った40代以上と、失われた30年の中で育ったミレニアル世代以降とでは大きな違いが生まれています。経営陣世代が持っているような成功体験を、下の年代はほとんど持っていない。そんな中でどうチームを築いていくかは非常に重要な課題です。
高橋
それこそ経営陣やシニア層が、どういうコミュニケーションをしていくのか、どんな情報発信や知見の共有をしていくかが問われているといえますね。私自身が心がけているのは、とにかく社内にも社外にも接点を設けて、事あるごとに発信や伝達をしていくということです。

経営者に求められるのは「指示能力」ではなく「対話能力」

伊藤
今、高橋さんは"発信"とか"伝達"という言葉を使ったけれども、どうでしょう、多くのシニア層はこれまで「"指示"能力」というのを問われていなかったでしょうか?
高橋
"指示"だけでは本当の意味で人は動きませんね。腹落ちしていないことには。
伊藤
そうなんです。"指示"では限界があります。今、優れた経営者に問われるのは「"指示"能力」ではなく「"対話"能力」なのだと思います。いいかえれば、"対話"は"会話"とも違います。"会話"というのはすでに価値観をともにしている者同士が交わすものであり、"対話"は場合によっては価値観が同じではない人との間のコミュニケーションで、「違い」や「ギャップ」を見つけて、なおかつそれを埋めていくためのもの。"会話"ならば、気が向いた時になんとなくすれば良いけれど、「違い」や「ギャップ」を埋める"対話"のほうは1回で済むはずがないのだから、繰り返し続けていく必要がある。世代間ギャップの問題だけでなく、今後、組織がうまくまわり、成果を上げていくためには、リーダーが率先してこの"対話"を粘り強く反復していけるかどうかが問われると思います。

組織作りにおいて「対話=ダイアログ」を重視する

高橋
心理学領域で普及している「ジョハリの窓」というモデル(自分と他人の認識のズレを理解しながら進めていく自己分析手法)でも、対話=ダイアログが軸になっていますね。実はこのダイアログというものをMSOLでは組織作りにおいて重用しているんです。弊社の場合、中途採用が全体の9割近くを占めますが、世代も違えば、バックグラウンドも違う。そのような社員で組織を作っていく際に、互いの考えやカルチャーの違いを理解するために、ダイアログを重視する。つまりきちんと対話を重ねて、皆が納得した形で事を進めるというわけです。ですからこのダイアログの能力を高めるために、研修では「5分で自分の人生のUp & Downを皆に話して、しっかり共有する」というトレーニングを実施しています。ただの自己紹介ではなく、「ああ、この人はこうした考え方をもって、こういう人生を歩んできたんだな」というところまで深く理解し、共有してもらえるような対話能力を持ってもらおうとしているんです。
伊藤
今般のコロナ禍でオンラインコミュニケーションが一気に普及しましたよね。そこで多くの人が気づき始めたのが、「曖昧さを内包したコミュニケーション」つまり"会話"感覚の話し方をしていては、全然相手に伝わらなかったりするんだな、ということです。今後は間違いなくテレワークが定着して、コミュニケーションのかなりの部分をオンラインが占めていくようになる。そうなれば、対面でのコミュニケーション以上に"対話"能力が不可欠になっていきます。ですから、高橋さんがMSOLで実行しているような対話のトレーニングは非常に有効だと思います。曖昧さを取り除いたダイアログ抜きには、共感は生まれませんね。
高橋
伊藤先生がおっしゃる通り、コロナ禍を通じて学んだこともたくさんありました。これをきっかけにSCGsやESGへの取り組みにも拍車がかかっていけばと思います。ただ、それでもなお「SDGs銘柄」「ESG銘柄」なんて言葉が聞こえてきて、アナリストの方からも弊社が「SDGs銘柄」「ESG銘柄」であるかどうか、ヒアリングを受けたりします。かつてのCSRにもそうした面がありましたけれど、「当社はSDGsに意欲的です」というアピールが企業ブランディングの狙いだけのために行われていたり、企業投資の一過性トレンドのひとつとしてESGのことを見ている実態を知らされると悲しくなります。
伊藤
たしかに今もありますね。企業の営みを一種のアクセサリーのように捉えたり、企業自らが自分たちを飾り立ててファッショナブルに見せるためのものと捉えたりする。ただ、そんな呑気な発想でいたら、いずれ足元をすくわれることになります。環境問題を軽んじていることが露呈した会社には、Z世代などはまず入ってきません。せめて人的投資の充実を本気で考えているのなら、そういう視点からもSDGsやESGには真剣に取り組むべきでしょう。

企業は実情を透明性をもって開示し、投資家はそれをベースに判断する

高橋
そうなんですよ。「透明性を高めてアカウンタビリティを高めましょう」なんて呼び声はあるけれども、実際に可視化を徹底している企業はまだごくわずかです。
伊藤
国際的に有名な機関投資家であるブラックロックのCEOであるローレンス・フィンク氏が言っています。「トランスペアランス(透明性)がないと、投資家も社員も納得しない」と。そもそも人類が環境という共有財産を私的な目的で使ってしまった結果CO2が排出されて、地球すべてが害を被っているんだ、という認識をもって、自社や自社のバリューチェーン上のCO2排出量を開示し、それが与えているインパクトを透明性を持って開示していくことが求められています。その情報開示フレームワークを世界に発信したのがTCFD(気候変動情報開示タスクフォース)なのです。私も、日本での普及を推進するための{TCFDコンソーシアム}の会長を務めております。
高橋
とかく古い企業は内部の論理で行動を決めてしまう。それが名だたる企業の不正会計や不祥事の元になっていたりするわけですが、投資家が決然とそういう体質を問題視して問い詰めていくようになれば、少しは健全になるはず。そうならないのは、やはり投資家との健全な戦いがないからなのか、それとも社長の選び方が間違っているのか......。
伊藤
最近「ジョブ型雇用」という言葉をよく聞きます。それは裏を返せば、日本企業の大部分で「メンバーシップ型雇用」が長年行われてきたということです。
高橋
「仕事に対して人を割り当てる(ジョブ型)」か、「人に対して仕事を割り当てる(メンバーシップ型)」かの違いですね。4月になると一斉に大卒者を入社させて、彼ら全員が経験値ゼロであることを前提に、ジョブローテーションを経験させながら人を育てていく。そのメリットもあるとは思いますが、結果として内向きな働き方や論理がはびこる要因のひとつにもなってきましたね。
伊藤
先ほど高橋さんは「社長の選び方」という問題提起をされましたが、メンバーシップ型雇用は共同体型の組織へとつながります。共同体では「村人みんなの総意によって村長さんを決めてやっていこう」という直接民主主義が行われることになるけれども、村が発展して村人が増えていくと......つまり企業が成長して大規模な組織になっていくと、この直接民主主義を維持するのは難しくなるので、間接民主主義へと移行する。間接民主主義では株主(村民)が取締役を選任して、取締役(会)にモニタリングを委ねる。ところが間接民主主義では透明性が維持できなくなるという弊害も出てくるので、第3の民主主義が登場する。それがモニタリング民主主義と呼ばれているものです。会社組織に話を戻せば、その企業の実情を、透明性をもって情報開示してもらい、その情報をベースに投資家や他のステークホルダーが判断を下す。それを通して」外部不経済」を抑制していく。これからのガバナンスを考えれば、やはり情報開示は不可欠なんです。

投資家が判断するためには「会社価値を計る公正なモノサシ」が必要

高橋
ただ厄介なのは例えばKPIについて。特に非財務的KPIというのは定点観測ではなかなか明快には見えてきません。受験の領域で使われる偏差値ならば、全国の経過に基づいて目安や尺度が明らかになっていきますが、そもそも企業のKPIは公のものではないのでそうもいきません。例えば従業員の女性比率が高いか低いかを数値で見て、多様性を受容したダイバーシティ経営が行われている企業かどうかを語る人がいますけれども、私は率直に思うわけです。「ちょっと待って、女性が多いからといってそれがダイバーシティの充実度を本当に示しているんですか?」と。MSOLは女性比率の高い組織になっていますので、ことさら異議を唱える必要もないんですが、やっぱり真実を見定めるのであれば、こうした一面的な数値でモニタリングするのはおかしい。業種業態で適切な男女比というのは違っていて当然ですし。
伊藤
その通りです。「これからの企業はモニタリング民主主義だ。徹底した情報開示で投資家がオープンに経営を判断するんだ」と言っていても、そのためには「会社の価値を計る公正なモノサシ」を多様に用意しなければおかしなことになる。投資家はファイナンシャルなデータだけでなく、もっと実情を推し量れるモニタリングがしたい。私が近年主張している「ROESG」というのも、そうしたニーズに応える内容です。「ROE」と「ESG」をくっつけた造語なんですが、要はこの両者の結果を掛け合わせていくことで、これからの時代に相応しいモノサシにしていこうという発信をしています。
高橋
企業は情報開示を進めてトランスペアレンスを高め、投資家は公正なモノサシを幾重にも用意してモニタリングしていく。そうして「企業経営そのものが、投資家により客観的に評価される」という認識が浸透していったら、日本も大きく飛躍できますね。
伊藤
これまでの日本では投資家が軽視されてきましたからね。「ウチはこんなに良い会社なのに、投資家はわかってない」なんてセリフが今も当たり前に使われています。
高橋
これまでの日本社会では、そのセリフにも合理性はあったのかもしれませんが、やっぱり「今までのままでいい」というのは大きな間違いで、世界を相手に強固な経営をしていくとか、不透明な時代にイノベーションを成し遂げる会社になるとか、そういう目標で動くのであれば、経営者は投資家とフェアな向き合い方をしなければいけない。良い意味での厳正さをもって経営者と投資家が対話を継続的に行っていくことで、互いが成長していくような関係性をMSOLでは目指しています。

対話を重ねてともに成長し、共感を深める「共創型資本主義」へと移行する

伊藤
「成長し合う」という関係性はまさに理想です。そのためには長きにわたって時間軸を共有していく必要があります。それがあって初めて、共感や共鳴が膨らんでいく。時間軸と言ったって、単に長期間一緒にいれば良いというものではない。互いがどれほど「長期的視点」で対話できるかがポイントですね。この関係が成り立てば、「投資家は企業を選べるけれど、企業は投資家を選べない」なんてセリフも言えなくなります。「もう企業だって投資家を選んで良いんですよ」と言いたい。例えば「Aという投資家との話し合いにはCFOが出向けばいいけれども、Bという投資家とはCEOが自ら対話をしていく。そしてCという投資家とは対話を辞退する」などという選び方、使い分けをして良い時代なんです。
高橋
MSOLでは、ある程度そうした意識をもって向き合っているつもりです。
伊藤
もはや資本主義も変容を始めています。対立図式での奪い合いの競争が資本主義だと思っているのだとしたら、時代錯誤もはなはだしい。高橋さんが指摘したように「経営者と投資家が対話を重ねて、ともに成長し合い、共感を深めていく」のと同じように、会社と社員の関係性も、お客様と会社の関係性も、すべて共創型資本主義へと移行し始めています。この新しい共創型資本主義へと進むために、例えばESGなどゲームチェンジを働きかけている投資家が次々現れているのに、肝心の会社経営者の側がこれらに反応しきれていない。どうもやっぱり日本人は、新しい変化を素早く体系化して行動に移していくのが巧くない。時間がかかってしまう。
高橋
話が元に戻ってしまいますが、そのへんもやっぱり悪しき教育の影響なのかもしれませんね。
伊藤
少なくとも積み上げ式に慣れ親しんだ頭脳では、変化の時代に素早く反応できない。もっと体系的にものを捉えたり、中長期の目線でバックキャスト型で思考したりする頭脳を鍛えていく教育が必要ですね。

「プロデューサー型人材」を積極的に育てていくことが、変化の時代を生き抜く必須条件

高橋
かくいう私も純日本型の教育制度で育った人間なんですが、恵まれていたのは社会人になってすぐにアクセンチュアでフレームワークに基づいた思考法を学ぶことができた点です。考えるべき事の枠(フレーム)を設定し、到達すべき結論からバックキャストで道程を設計していく。そんな「世界の常識」と出会い、徹底的にたたきこんでもらったおかげで、20代で「日本企業の非常識さ」に気づくことができました。こよなく日本の文化を愛する男を自負しているのですが(笑)、こればっかりは変えないといけない。江戸時代の藩士じゃあるまいし「お家大事」の理屈で組織をマネジメントしていたら、ニューノーマルの時代から置いていかれます。
伊藤
日本人経営者、特に右肩上がりの時代に成功体験を積んできた人ほど「神は細部に宿る」にこだわる。まさに積み上げ教育によるモノ作り発想の真骨頂ともいえるこの言葉は、私も嫌いではないんですが、やっぱり少なくとも「まずは枠をかたどっておいて、その上で神に宿ってもらう」という発想にしないと(笑)。そこで不可欠になるのがフレームをかたどれる才能です。わかりやすくいえばプロデューサー。こういう人材が日本には不足しています。
高橋
私自身の体験でいえば、一度でもプロジェクトを任されてマネジメントを担えば、フレームワーク型思考の重要性を痛感することになります。アクセンチュアなどでコンサルティングの仕事に就いたことで、私はこれを骨身に染みるほど経験しました。もう少し人生を巻き戻して学生時代をふり返ってみても、「パーティイベントを企画して、そのチケットを売っていく」なんていう活動のはしりの時期でしたから、そこで成功も失敗も経験しました(笑)。考えてみたら当時から仲間が「高橋はチームのマネジメントが得意だよな」と言ってくれていました。その後の私のキャリアを予見していたのかもしれませんね(笑)。
伊藤
日本の今の教育制度のもとで、型にはまったお勉強ばかりしていないで、高橋さんのように型を破ったところに足を突っ込んで学ぶことは大事ですよ。チームをまとめる者、考え方のフレームをかたどる者、すなわちプロデューサー型人材というのは、人と人の間に入り込んでいって、いろいろな「違い」と出会ってそれを乗り越えていく経験を持たなければ育たない。前に聞いた話では、生まれた時から人間たちによって育てられたチンパンジーの前に鏡を置くと、そこに映っている姿を見ても、それが自分だとは気づかないそうです。等質の存在にだけ取り囲まれているうちに、自分自身が抱えている「違い」さえも素直に容認できなくなってしまうという教訓ですね。これからは国も会社も「違い」のある環境のもとで、「違い」を受容しながら乗り越えていくプロデューサー型人材を育てていかなければいけません。
高橋
先ほど伊藤先生も例に挙げていましたが、新しい働き方の中でオンラインコミュニケーションの割合が増えれば、今まで以上に「違い」には気づきにくくなるし、曖昧な発信では心を動かすことも難しくなる。今はとにかく、きちんと"対話"をして、共創型資本主義に見合う組織と個人になっていくことが課題なのでしょうね。そして同時に会社も国も社会も、多様性を善しとしながら共創していくのに相応しいマネジメントに挑んでいく。経営者としても個人としても、とても勉強になりました。伊藤先生には顧問にもなっていただきましたし、今後もどんどん対話させてください。

(対談日:2020年9月11日)

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