Management Issue Vol. 5

社会のHappinessを創造する経営とは?

〜Special Talks〜 安渕聖司氏
安渕 聖司氏 アクサ生命保険株式会社 代表取締役社長兼CEO

アクサ生命保険株式会社代表取締役社長兼CEO 1955年兵庫県生まれ。79年早稲田大学政治経済学部卒、三菱商事入社。90年、ハーバード・ビジネススクールMBA修了。2001年より、UBS証券会社、GE コマーシャル・ファイナンス・アジアを経て、09年GE キャピタル・ジャパン社長兼CEO、17年ビザ・ワールドワイド・ジャパン株式会社代表取締役社長を歴任し、19年より現職。

MSOLのミッションは「Managementの力で、社会のHappinessに貢献する」こと。では、どうすれば社会のHappinessに貢献できるのか、あるいは、マネジメントの力をどのように活かせばHappinessを実現できるのか。一流の有識者に独自のポジションから意見を伺う第5回目の対談は、アクサ生命代表取締役社長兼CEOの安渕聖司氏をお招きした。今回はSDGsをはじめ、社会貢献、企業改革などをテーマに弊社代表(※取材当時)の高橋と語っていただく。

SDGsは私たちの目を見開くためのガイドである

高橋
多くの企業では今、SDGsに関する取り組みが本格化しています。ただ、昔から日本企業では「三方よし」と言われるように、社会に貢献することを意識した経営を行ってきた経緯があります。では、現代の私たちは経営を通して、これから社会とどうつながっていけばいいのか改めて考えてみたいと思っています。
安渕
例えば、リーダーシップを身に付けるには、まず知ることから始め、そこから実践に移り、最終的にリーダーそのものになっていくというプロセスがあります。実はSDGsについても同じことが言えるのではないでしょうか。つまり、最終的には会社の在り方そのものがSDGsにつながっていく。つまり、企業活動自体が実社会でどう役に立っているのか。そこを根本的な問いとしなければ、本物とは言えないのではないか。本業以外で社会貢献するのではなく、会社のやっていること、それ自体が社会の役に立たなければならない。そのためにも、私たちは会社の存在意義そのものから「パーパス」を見出し、本業を通じて社会の課題を解決するためにどう行動すべきかということを従業員に常に問いかけることが重要だと考えています。
高橋
企業活動がどう社会の役に立っていくのか。テーマ性をもって日々、社会とのつながりを考え、その重要性を経営者が伝えていく。そのためには何よりも自分事として考えることが大切ですね。
安渕
SDGsから私たちは何を学ぶのか。教育や健康についてはわかっても、飢餓や貧困について自分事として考えられないのはなぜなのか。その意味でも、SDGsはもう少し世界に目を向けて、自分たちの知らないこと知る。私たちの目を見開くためのガイドだと言えるのではないでしょうか。

ダイバーシティに対する想像力が足りない

高橋
貧困を救っていくのは政治の役割だと言われますが、それだけでいいのかどうか。今、私自身も個人的に縁があってコロナ禍で苦しむ飲食店やミュージシャンらを支援しているのですが、彼ら自身が自立できるように稼げる環境やしくみづくりをサポートしていくことが必要だと思っています。
安渕
私たちの社会の在り方は、社会的にサポートが必要な人を見ればわかります。そのとき政治がきちんと見ているかどうか。もしかしたら見えていない場合があるかもしれない。そんなときはサポートが必要な人を救っていくために、政府や行政、NGOやNPO、企業や地域社会がSDGsの理念に基づいて知恵を出し合うことが大事なのではないかと思っています。
高橋
社会課題についてはやることがたくさんありますね。その一方、日本企業ではSDGsと並んでダイバーシティについても取り組んでいます。ただ、見ていると、どうも女性活用などに偏っている印象があります。もっと本質的な意味で、ダイバーシティを捉えるべきではないかと思うのですが、その点についてはいかがですか。
安渕
社会には男性、女性は当然として、LGBTQ、身体に障がいのある方、またはノンジャパニーズ、年齢や経歴によってもさまざまな多様性があります。その意味でも、ダイバーシティに対する想像力を日本企業はもっと膨らませて考えるべきでしょう。ただ、組織を多様性のある状態にすること自体はそれほど難しいことではない。むしろ大事なのは、そこで彼らが活き活きと働くことができる環境にあるかどうかを考えることです。どう多様性を機能させるのか。しかし、日本企業はまだ慣れていないように見えますね。

最適解ではなく正解を求めてしまうのはなぜか

高橋
なぜ日本企業はうまく多様性を活かせないのか。それは日本には忖度文化があり、それが多様性を阻んでいるようにも見えます。安渕さんは長年社長を務められていて、忖度についてはどう感じていらっしゃいますか。
安渕
私の場合は、マネジメントチームに自分の意見と違う人を常におくようにしています。典型的な例ではノンジャパニーズです。または、女性も忖度することが少ないかもしれません。そうした人たちが「ノー」と思うときは、しっかり「ノー」と言ってもらう。仮に私の意見に対して全員が「イエス」だったら、むしろおかしいと思う。皆が同じ意見なんてありえない。そうしたことを常に経営者は意識することが大切だと思います。
高橋
違う意見を言える文化をどうつくるのか。悩んでいる経営者は少なくありません。日本の組織では同調圧力もあり、どうしても意見をまとめようとする力が働いてしまう。異なる意見を闘わせ、最適解を見つけていくということにはなかなかならない。そうした日本企業独自の文化をどう変えていけばいいのでしょうか。
安渕
これは日本の教育的な慣習なのかもしれませんが、どうしても最適解ではなく正解を求めてしまう。しかも、自分より年上の人が、その正解を持っているという考えをもっている人が少なくありません。そのため、私も何か言うときは「2つのアイデアがあって、どちらにするか迷っている」とよく言います。そうやって意識的にディスカッションを引き出すようにしていかないと難しい面があります。リーダーが「これでいこうと思うけど、皆はどうだ」と言ってしまえば、周囲は反論しにくくなってしまいます。

50歳から学んだ体系的リーダーシップ

高橋
日本はリーダーシップの在り方についても、遅れているように思います。アメリカではリーダーシップの教育も研究も盛んですが、日本ではそれほどでもない。日本でもこれからリーダーシップ教育をきちんとしなければ、世界から取り残されていくでしょう。
安渕
日本ではリーダーと言えば、カリスマ型をイメージしてしまうことが少なくありません。しかし、本来リーダーシップにはさまざまな型があります。今必要とされているリーダーシップは組織の先頭に立って引っ張っていくというタイプだけでなく、チームの力を引き出してまとめ、全体として大きな目標を達成していく。そうしたリーダーシップが必要なのではないかと考えています。
高橋
それは今まさに「サーバントリーダーシップ」と言われるものですね。ところで、安渕さんご自身はどこでリーダーシップを身に付けられたのですか。
安渕
リーダーシップを体系的に学んだのはGE時代です。50歳の頃からですね。まさしくGEはリーダーシップの学校でした。私は10年ほどGEに在籍しましたが、そのうち8回ほどリーダーシップの研修を受けています。ほぼ毎年ですね。それ以前は三菱商事に在籍し、チームリーダーをいくつか経験しました。商社は基本的に同質社会で目立ちたい人の集まり(笑)。何をやってもいいという自由な文化はありました。三菱商事には18年在籍しましたが、部署異動も7回ほど経験しています。その間にMBAを取得し、学んだことを活かしながら結構いろいろな仕事をさせてもらいました。経験を積むには良い職場だったと思います。

リーダーシップ教育の実務とトレーニングのバランスは8:2

高橋
三菱商事では実務でミッションを実現するリーダーを経験し、体系的なリーダーシップを学んだのはGEだったわけですね。
安渕
コンテンツ化されたリーダーシップ教育を初めて学んだのはGEでした。実際の研修では本社のCEOが中心となって各国グループ会社のCEOに対して、皆が果たすべき役割を説く一方、会社に対する質問も受け付けるのですが、例えば、仕事の業績が良いときほど「追い風を実力と思うな」などと注意を受ける。つまり、CEOとの掛け合い自体がリーダーシップのレッスンにもなっているのです。
高橋
私たちの会社も成長して人員が増えるたびに、ミドルマネジメントのリーダーシップの必要性を感じるようになっています。私たちも本格的にリーダーシップ教育をすべきだと考えているのですが、具体的にどこから手をつければいいのか悩むところです。
安渕
GEのリーダーシップ教育で言えば、実務とトレーニングのバランスは8:2のイメージです。実務でどのようなアサインメントを出していくのか、あるいは何が評価されるのか。それがリーダーシップ教育の8割です。一方、トレーニングではCEOや幹部同士の対話や理論から学んでいくことになります。そこで気づきや異なる視点を得る。同じ会社でも違う世界を知ることで、それが会社の一体感にもつながっていくのです。

組織は常に変化していくものであり、それ自体が戦略である

高橋
そうした場づくりが必要なのかもしれませんね。最近ではオンライン研修なども行っていますが、対面でなければリーダーシップ教育は難しい面もあります。
安渕
例えば、チームの連帯感をどうやってつくっていくのか。あるいは、チーム間のコミュニケーション、とくにスタッフからマネージャーへのコミュニケーションをどう行っていくのか。今はコロナ禍でオンラインが中心となって、なかなか理想的な場を持つことができません。その対策として、私たちの会社では、それぞれのマネジャーとチームがどう働くべきか。あるいは、どんなコミュニケーションをとればいいのか。それらをまとめた「チームアグリーメント」をつくることを試みています。
高橋
コロナ禍の中、多くの企業ではさまざまな試行錯誤が続いていますが、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進についても大きな課題となっています。とくにDXそのものというよりも、それ以前の問題として組織や業務を変革していく意識が経営者に足りないように思います。その原因はヒエラルキーや企業体質に問題があるのではないかと私は考えているのですが、安渕さんはいかがでしょうか。
安渕
日本企業とグローバル企業の違いの1つは、日本企業のウェブサイトでは細かい組織図をよく目にしますが、グローバル企業のウェブサイトでは組織図にお目にかかったことがないということです。なぜなら組織は常に変化していくものであり、どのような組織をつくるか、それ自体が戦略だからです。
高橋
言われてみればそうですね。アメリカの経営史学者であるアルフレッド・チャンドラーがまさに「組織は戦略に従う」と主張していますが、最近では戦略に合わせて俊敏な組織をつくったほうが早いと言われていますね。

会社や組織が「居場所」になっていないか

安渕
今の社長やCEOが本当に人材を適材適所に動かしているのかどうか。日本の組織では思ったように人を動かせないこともあるのでしょう。
高橋
大前研一さんの著書に『悪魔のサイクル』という処女作があるのですが、その中で「日本企業の経営者は神輿に担がれている」からリーダーとして不十分であるといったことが指摘されています。この著書が刊行されたのは実に40年以上前のことです。にもかかわらず、今もその内実はほとんど変わっていません。
安渕
人事で重要なことは正確な評価とフィードバックです。しかし日本企業では、例えば、チームの責任者が人事評価をする際、"裁判官"になってしまう傾向があります。しかも、裁判官ほど中立でもないし、明晰でもない。むしろ、人事評価の目的は裁判官になるのではなく、適切なパフォーマンスを出せるように成長させるためのアドバイスの場であるべきです。そもそも仕事のキャリアは自分でつくるもの。自分は将来何をやりたいのか。そのやりたいことと会社の方向性をどの程度一致させていけるのか。それを本来は「エンゲージメント」と言うのです。これは私たちの会社でもよく言っていることです。
高橋
私たちも自律的なキャリア形成を目指すことを社員に薦めており、とても大切なことだと考えています。ここ5年ほど九州大学で学生向けに特別講義を行っているのですが、最近のテーマは「キャリアマネジメント」です。私の会社でも新卒に対しプロジェクトマネジメント(PM)は汎用的なスキルであり、少なくとも3年働いたら、やめてもいいと言っています。実力がつけば大手に行ってもいい。その一方、いろんな世界を見て、もう一度会社に戻ってきてもいいとも言っています。実際、今年は新卒1期生が戻ってきました。そうした会社の考えを伝えるため、MSOL憲章もつくりました。今、安渕さんがおっしゃったことがもっと社会に広がらないと会社や組織が「居場所」になってしまう。まさに日本の会社は江戸時代の藩と同じようなものになっているのです。若い人も組織に属することが美徳であるという考えが根深くあるように思います。

トップが率先垂範すれば、組織は動く

安渕
例えば、江戸時代でも剣術道場で鍛錬して強くなれば、もっと強い人と他流試合したくなるのは普通のことでしょう。それを現代風に言えば、グローバルな視点で自分の実力を試していくということになる。私がハーバードにMBA留学したのも、まさにそのためです。商社時代にロンドンで金融の仕事をする中で、将来ライバルとなるような人と勝負してみたくなったのです。広い世界を知り、自分にはどんな力があるのか。まさに自分の強みを探すために留学したのです。
高橋
ただ日本にいると、どうしても目の前のことに追われてしまう。情報についても国内ばかりに目が行って、なかなか外に目が向きません。いかに外に目を向け、広い視点を得るのか。とくに若い人は考えるべきでしょうね。
安渕
それぞれの従業員が自分の人生で目指しているものがあったとして、そのために必要なものは何か。SDGsの観点から考えれば、第一に必要なものは健康です。健康は個人にとどまりません。企業も「健康経営」を実践すれば、そこを評価した人が集まってきます。その結果として企業の持続可能性も高まっていく。そうしたさまざまなストーリーを経営者が語っていくことで、それぞれの従業員が自分たちのやっていることの意義をより感じるようなる。何のために仕事をしているのか。繰り返し伝えていく。そのためには率先垂範、トップ自ら実践して示していくことが必要です。そうすれば自然と組織は動き出していくのです。

PMはマネジメントプラクティスとして重要

高橋
ただ一方で、トップ自身の勉強不足も懸念されます。とくにDXについては自ら進んで学ぼうとする経営者が少ないように思います。
安渕
例えば、投資家は社長やCEOと対話して投資するかどうかを判断します。その際、重要なディテールはすべてトップ自らが話して、投資家に説明しなければなりません。DXやSDGsについてもトップ自ら語らなければ、投資家は納得しないでしょうね。
高橋
投資家はトップが事業を構造的に理解しているのかを見ています。しかし、DXやSDGsについて戦略的に語ることができる経営者はまだ少ないように見えます。それはリーダーシップ教育を受ける場が少ないことが関係しているのかもしれません。その意味でも、経営者候補こそ、PMを学ぶべきです。日本企業ではPMは組織横断的に取り組まれるため、PMの専任者はなかなか評価されにくい。しかし、アメリカではPMはプロフェッショナルな仕事として認知されており、経営者に欠かせないスキルとなっています。
安渕
PMは、時間とリソースに制約がある中で目的を達成していくものです。これをきちんとできるかどうか。PMはマネジメントプラクティスとして非常に重要なものです。GEでもさまざまなPMをこなす中で、マネジメント能力を磨いています。今はグローバル企業でもプロジェクトベースで仕事を回していくことが普通になっていますね。

自分の哲学をもつことが人生を豊かにしていく

高橋
日本企業にはPMを完遂できる人材が本当に少ない。私たちの会社ではPMのコンサルティングを行っていますが、PMをもとに多くの企業でもリーダーシップ教育を真剣に取り組んでいくことが不可欠だと思います。
安渕
リーダーシップはリーダーシップジャーニーと言われるように生涯を通じて学び続けるものです。私の生涯のテーマも学び続けること。それが充実した人生を生きていくことにつながっていくと思うからです。仕事のことも、それ以外のことも学び続ける。とくに経営者として社会に関わっていくには、少なくとも50歳くらいから自分を社会に開いていくことが重要になります。私は現在、NPO法人が運営する大学院大学である至善館の理事のほか、さまざまな社会活動に携わっています。企業の中で人生を閉じるのではなく、社会に向かって自分を開けば、行動も変わっていきます。生涯を満足しながら過ごし、社会の役に立っていくためには、社会との接点を増やしていくことが必要なのです。
高橋
そうした自分の哲学を持つことが人生を豊かにしていく。そのために社会人の学びを促すリカレント教育を普及させることも必要でしょう。私も学び続け、考えることが大好きです。考えて疑問に思うことを解明するために学ぶ。「なぜだろう」「何がおかしいのか」。そうしたモチベーションを若い人たちにも伝えていきたいですね。

(対談日:2021年7月7日)

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