Management Issue Vol. 4

経営とアートの関係から探る 経営に必要な直観力の磨き方

〜Special Talks〜 峯本 展夫氏
峯本 展夫氏 株式会社プロジェクトプロ 代表取締役

株式会社プロジェクトプロ代表取締役。PMP(米国PMI認定プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)。大阪府立茨木高校、大阪大学工学部卒。大手信託銀行にて、第3次オンラインシステム・プロジェクトをはじめ、約11年間、情報システムのプロジェクトに参画。商用インターネット開始時期からその可能性に注目し、邦銀初のイントラネットを立ち上げるなど多くのプロジェクトを成功に導く。2000年を機に同社を退職、コンサルティング業界に身を投じる。そのプロジェクト経験から、国内のプロジェクトマネジメントの成熟度に問題意識をもち、プロジェクトマネジメントに特化したコンサルティング、プロジェクトリスク監査、プロジェクト成功のための実践的研修トレーニングを行う株式会社プロジェクトプロを2002年に設立。「論理と知覚」の思考アプローチのバランスや、「プロジェクトの成功」という信念に基づくコンサルティングとトレーニング・メソッドには定評がある。マネジメント教育の普及への情熱から企業研修だけでなく、東京大学や東京工業大学の非常勤講師も歴任。現在は日本企業の国際競争力向上に貢献することを目的とし、マネジメントの主要な機能であるイノベーションによる社会価値の創出に取り組むことに重点を置いた事業を展開する。

経営はときにアートだと言われることがある。優れた経営者には論理的思考だけではない、言葉では表現できないような何らかの直観力が備わっているからだ。それがアートだと言われる所以だ。では、そうした直観力を身に付けるにはどうすればいいのだろうか。今回はマネジメントソリューションズ代表取締役社長(※取材当時)の高橋信也と、マネジメントのコンサルタントで絵画コレクターでもあるプロジェクトプロ代表取締役の峯本展夫氏が経営とアートの観点から語り合った。

経営とアートはなぜか似ている

高橋
私は常々、経営とアートには近しいものがあるように感じています。とくに経営に必要な直観力を磨いていくためにはアートが非常に有効なのではないか。私の場合、経営について考えていることと絵画を観ながら感じることがとても似ているのです。しかし、それがなぜなのか。よくわからない。初めて峯本さんから絵画をいただいたのが40歳の誕生日のときです。その絵画からは、寂しさや儚さ、見通しの悪さなどを感じる一方で、光明が差してくるような、未来に向かって歩いているような感じを受けました。
つまり、絵画はいろいろな見方ができるのです。峯本さんからは自分で絵画を買って毎日観ていれば、だんだんわかってくると言われ、ようやく自分で木村忠太の抽象画を購入したのが1年前。経営には戦略やマーケティング、組織や財務などいろいろな切り口がありますが、それぞれが切れているようで切れていないように感じられる。でも、それを直線的には理解することはできませんし、そのつながりを説明するのも難しい。しかし、抽象画を観ていると、そのつながりの連関性がわかるような気がするのです。ただ、なぜわかるのか、自分にもよくわからないのですが。
峯本
そこを解き明かすためにキーワードになるのは「哲学」ではないでしょうか。私はそう考えています。たとえば、その木村忠太は、自分の絵画の本質は東洋哲学にあり、また統合だとも言っています。その本質がわれわれの考える経営とつながっているのではないか。忠太の絵の中にはストーリーもあり、シナリオもある。高橋さんは自分の哲学を持っていて、無意識にその哲学を絵画に投影させているのではないでしょうか。
高橋
木村忠太の作品は画廊に行って一目見て、好きになりましたから。
峯本
私たち2人は純粋に絵画が好きなのですが、以前に高橋さんには、木村忠太の絵画は将来必ず値上がりするという話もしました(笑)。それはなぜか。株式もそうですが、価格は人気によって決まります。つまり、忠太の絵には人を惹きつける何かがあるのでしょうね。普遍的な価値というべきか。道を究めてきた人にとって共感するものがあると思います。

経営者には価値基準が必要

高橋
日本を代表する現代美術家である村上隆の著書『芸術起業論』を読むと、ヨーロッパの富豪に自分の作品を買ってもらったとき、その夫婦から「この絵を描いていただいて、本当に生きていてよかった」と言われたそうです。私から観ると、ドラえもんをモチーフにしたポップで簡潔な作品に見えるのですが、ある人にとっては強く感じるものがある。面白いと思いました。
峯本
その人が生きてきた人生の何かを反映させているのかもしれませんね。私もドラえもんが押し入れの中で寝ているシーンを見ると、団地の押し入れに秘密基地をつくって遊んでいた子供時代を思い出します。絵画を観て何を感じようが、その人の自由です。ただ、今回の経営とアートという話で言えば、絵画を観ることで脳が何らかの刺激を受けて、経営に必要な直観力を磨くきっかけのようなものにもなるのではないかと考えています。
高橋
その作品の値段や来歴などを知らなくても、本当に良いものだと感じられるかどうかが大事だと思います。経営において意思決定をするときの判断基準について、ノーベル経済学賞受賞者で経営学者のハーバート・サイモンは数字などの客観的なファクトで判断する基準と、もう一つ、自分の哲学や好き嫌いを反映させた価値基準があると言っています。ただ同時に、この価値基準についてはわからないことが多いともサイモンは言っている。サイモンに影響を与えた経営学者のチェスター・バーナードは、意思決定は最終的には経営者個人の価値基準、つまり、生まれ育ちや現在の環境、そして考え方や価値観、哲学がベースとなるとしましたが、その価値基準が合理的なものかどうかわからないとサイモンは言っているのです。
ただし、これまでMBAに代表されるように客観的で論理的な判断基準が良しとされてきた時代から、SDGsなどが問われるような時代となった今、客観的基準だけで意思決定することは難しくなった。先日、海外の機関投資家と話していて思ったのですが、意外にも彼らは数字のことなどはそれほど関心がない。むしろ、なぜ会社を起業したのか。これからどうしたいのか。そうした経営者の思いに共感するのです。これから経営者は自分の価値基準を持つことが非常に重要になってくると思います。

自分の考えを重ねると、自分の哲学ができる

峯本
プロジェクトマネジメントおいても、ロジカルな個々のプロセスより、プリンシプル(指針となるもの)を打ち出すことが重要になっています。まずはプリンシプルをきちんと決めて、そこに人の共感を集めていく。それがこれからのメインストリームになっていく。経営においてもプリンシプルがあるかどうか。投資家も企業を見極めるうえで重視していると思います。
高橋
では、プリンシプルをいかに学び、どう身に付ければいいのか。それには哲学が必要になってくると考えています。しかし、その哲学について、本を読んでもよくわからない。最近注目されているドイツ人哲学者のマルクス・ガブリエルの著書も読みましたが、難しいというよりは、よくわからない。
峯本
結局、哲学の系統は否定することですから。過去の哲学を否定することが現在の哲学という学問なのです。ただ、それも否定し尽して限界に来ているように感じます。
高橋
私は今、哲学を学ぶために哲学書を読む必要はあまりないと思っています。
峯本
そうですね。哲学のための哲学を勉強するのではなく、自分で自分の考えを積み重ねていけば、それが自分の哲学になっていく。

互いに哲学があるからこそ、共感できる

高橋
数年前に『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)という小説がベストセラーになりましたが、そうした哲学的なテーマに関心を持つ人は一定数いるのでしょうね。
峯本
東大や京大の生協のベストセラーを見れば、わかります。東大や京大では、哲学系の本がよく上位のランクに入ることがあります。しかし、他の大学だと目先を追ったような、テクニカルな就職面接や公務員試験の対策本などがほとんど上位にくる。東大や京大の学生たちは考えるべくして考えているのです。今の時代、哲学について勉強しようと、その気になれば先人たちが切り開いた道があり、一から勉強しなくても自分の考えたことが、歴史的にどんな意味を持ってきたのか確認することができます。それが現代に生きる我々のメリットでもあります。そうやって自分で考えている人は、自分なりの哲学を持っている人に惹きつけられるのです。それは自分の中に哲学のようなものを持っているからこそ、共感し合えるのだと思います。むろん感じない人もいるのでしょうが。
高橋
絵画もそうですね。自分が感じるものと感じないものあるからこそ、たくさん観たほうがいい。たくさん観て感じるものを見つけることが大事なのです。
峯本
私が絵画に開眼したのは40歳手前の頃です。それまで絵画についてはほとんど興味がありませんでした。自分なりの哲学も観えていなかったし、おそらくそれは西洋人が描いた絵画から感じる哲学と共感し合えなかったのです。
そうした中、私が初めて共感できたのが、日本人が描いたある「二つの瓶」が描かれた抽象的な絵だったのです。なぜその画家が、そんなありのままを描いたのではない絵を描いたのか。疑問や関心が沸いてきたのです。そこから、その画家に興味を持つようになりました。調べてみると、その方は実は高名な方で、私と同じく骨董の趣味もあった。実は私は学生のころから骨董が好きで、モノが持っているオーラのようなものを感じてきました。しかし、その絵との出会いをきっかけにモノそのものではなく、モノが持っているオーラのようなものを感じる絵画に興味を持つようになった。もっと言えば、その画家の哲学に惹かれるようになったのです。

どうやって直観を磨くのか

高橋
私はもともと絵画に興味がありました。中学時代から美術が好きで、県の展示会に出品されたこともあります。その際、会場で展示されている作品を観ていると、その中に2メートル四方の大きなキャンパスが真っ赤に塗られている作品があったのです。タイトルは「血」。これが本当に芸術なのか。そんな強いインパクトを受けたことをよく覚えています。その頃から本格的に絵画に興味を持つようになり、高校2年生のときには1人でヨーロッパツアーにも参加しました。パリのオルセーやルーヴルにも行きました。そこでゴッホを始め、さまざまな西洋絵画に興味を持つようになったのです。ただ、正直に言えば、ゴッホ以外は、ただきれいな作品だと思うだけでした。自分に強いインパクトを与えるようなものはあまりなかったのです。その後、絵画のマイブームは過ぎ去っていった。しかし、峯本さんとの出会いによって、改めて興味を持つようになったのです。それが木村忠太の作品でした。
峯本
木村忠太はヨーロッパでの知名度が高く、日本では知る人ぞ知る存在です。ヨーロッパのコレクターは多いのですが、国内では扱う画廊もほとんどなく日本ではあまり見かけることの少ない作家です。「縁」があったんですね。その「縁」も哲学の共感が呼び寄せたものかもしれません。
高橋
木村忠太の描く抽象画というジャンルは、そもそも西洋から生まれたものであり、抽象画の深淵を探ると西洋で培われた哲学が反映されていることがわかります。しかもヨーロッパでは自らの哲学や世界観を構築するために、自分たちの文化だけでは語れない何かを追い求めて、東洋的なもの、オリエンタリズムを積極的に取り入れる傾向にあります。 そんな抽象画と同じように、経営においてもいろいろなものを混ぜ込んで決めなければならない、杓子定規に白黒はっきりできない場合が多いように思います。私たちの会社では今、経営幹部を育成していくためのプログラムをつくっていこうと考えているのですが、どうやって価値基準を教育していけばいいのか。検討課題となっています。頭の良い人は理屈で考える傾向が強いのですが、経営はそれだけでない。アートで感じるような直観力=価値基準が必要だと思っています。
峯本
私もマネジメントの意思決定というものを考えるとき、まず直観があって、それを論理で確認していく。そんなイメージでとらえています。言語化のできない暗黙知の領域にあるものです。私もいろいろな企業でプロジェクトの戦略や計画などをつくるお手伝いをさせていただいていますが、最初からきっちりした計画をつくるわけではないのです。まずは、曖昧ながらも、自分たちでやってみたいと心から思えるようなものを探して、少しずつ描いていくのです。そうした思い描くこと自体がまさに直観であり、それは論理的に導き出すことはできないのです。そこにはパッションや魂のようなものが必要であり、そうしたものに触れたことがないと思い描くことはできないのです。その意味では、絵画を観てパッションや魂を感じられることが直観力を磨くことにもつながっていくように思います。

経営幹部に求めること

高橋
しかし、日本に限らず、学校教育というものはいつも理屈先行型ですから。それでは直観を教えることがなかなかできません。
峯本
そもそも抽象画は理屈で描けるものではありませんよね。しかし、その絵画を好きになるということは、そこに好きになる何かがあるわけです。その何かを自分では何となくわかる気がする。それでいいと思うのです。
高橋
しかし、それをどう教育していけばいいのか。優れた直観力のある人は限られているように感じます。私自身もこれまで自分の好きなように生きてきましたが、今経営者になって活躍されている方々を見ていても、そんな人が多いように思います。
峯本
まだ自分の好みすらもはっきりしない子供を見ていて思いますが、自分の中に持つべき価値基準はいろいろな刺激を受けて培われていくものであり、時間もかかりますね。

今の若い人は孤独を知らない

高橋
彼らはどうしても完成形だけを求めてしまうのですね。しかし、絵画を観ていると、いつも未完だと思うのです。今、私は油絵を習っているのですが、先生は私に細かい指示をしません。例えば、土のドライな感じを出したいと言うと、だったら、その場所の土を持ってきて、それを絵具にすればいい。うまくいかないと思ったら、はがせばいい。もし失敗して重ね塗りしても問題ないですかと聞くと、それで風合いができるからいいと言う。つまり、完成させないようにずっと指導するのです。そうやって常に満足させないような指導をされて、私には非常に得るものがありました。
峯本
なるほど。経営幹部にも同じようなことをやらせればいい。
高橋
でも、すぐに満足したい人が多いのです。感情的に喜びたいというか、ぬか喜びというべきか。そもそも経営者は満足していてはいけない。常に冷静に考え続けることが求められる仕事です。
峯本
それができないのは、若い人が「孤独」を知らないからです。孤独を知らないから安直に感情に流れてしまう。経営者は常に孤独です。経営幹部も孤独を知らなければ務まらない。私は高橋さんに強烈な孤独を感じました(笑)。
高橋
他人からは私は孤独というより、孤高と言われる(笑)。自分の世界観のようなものがあり過ぎて困ってしまうのですが、そんな経営幹部を増やしていきたいですね。

自分の価値基準を身に付ける教育とは

峯本
それには自分の哲学を磨く環境を用意しないといけないですね。今はコラボレーションとか、協業や共創といったことがもてはやされていますが、それはチームとして有効なのであって、一人ひとりの経営幹部に関していえば、「孤独」の環境をつくることが大切だと思います。
高橋
自分の基軸、または価値基準を身に付けるような教育ですね。やはり油絵を描かせるのもいいかもしれません。
峯本
同感です。自分自身を見つめ直して、何を描きたいのか。もし実際に「油絵を描け」と言われても、大半の人は何も描けないと思います。技術的な話ではなく、テーマを含めて何も描けないと思う。しかし、自分の世界観なり、何かを持っている人は、機会を与えられたら、これを描いてみようとなる。高橋さんがまさにそうでしょう。私の好きな画家の1人である龍村明の話で言えば、彼は弟子をとったとき「あれを見てこい、これを見てこい」というばかりですぐに描かせようとしない。「まだ描くな」と言う。つまり、まず「描かない」ということを教えるのです。すると、弟子は次第に描きたいものが溜まってきて、そろそろ描けと言われたときに一気にその思いの丈を描き始める。なるほど、そんな教育があるのかと思いました。
高橋
天才打者と言われた落合博満さんはバッティング指導の際、素振りばかりで何も教えてくれないそうです。そこで、ある選手が2時間くらい必死に素振りをしていると、こう言われたそうです。「だんだん力が抜けてきて、いいスイングになった。以上」と。教え方もたくさんあるものだと(笑)。
峯本
そうですね。経営を教えるときも、経営戦略から教えたら駄目なのです。
高橋
やはり感性を磨かないといけませんね。それをどう教育していくのか。そうしたプログラムをこれからつくっていきたいと思っています。


MSOL本社に展示している峯本氏所蔵の絵画


櫻井陽司(ようし)「海」
空と海が見せる一瞬の表情を、ありのままに感性を研ぎ澄ましてとらえている。その瞬間に込められた画家の真摯さを感じる作品。


Hsing-Sheng Yang 楊興盛 「Sailboats(ヨット)」
光が差し込み輝くような色彩と、煌めく水面。その間(はざま)に織りなす陰。風、ヨットが波を切る音、潮の香りを感じ、時空を超えて、あたかもそこに居るかのような感覚にとらわれる作品。

(対談日:2021年4月14日)

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